〔特集〕
再生医療・リハビリテーションによる身体機能改善の可能性
研究所運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究部
病院再生リハビリテーション室  河島 則天  愛知 諒

 私(河島)が国リハでの研究を開始した2000年当時は、まだまだ再生医療の実現を具体的に考えられる時代ではありませんでした。そんな中、当時の研究所・運動機能系障害研究部の矢野英雄部長、中澤公孝室長はいち早く脊髄損傷に対する再生医療が現実のものとなった場合を想定し、歩行機能回復のための新しいリハビリテーション手法の確立を目指した研究を進めていました。以降、歩行の神経基盤とされる脊髄歩行中枢についての基礎研究を推進するとともに、重度運動麻痺を持つ脊髄不全損傷症例へのリハビリテーション効果の検証を行うなど、慢性期脊髄損傷後からの機能回復の可能性を裏付ける研究データを蓄積してきました。こうした長年にわたる研究成果を基盤として、現在の再生医療と連携したリハビリテーションの実施に至っています。
 脊髄完全損傷に関しては、これまで麻痺領域の神経機能の回復が困難とされてきたわけですが、再生治療がもたらすのは、完全損傷者が不全損傷者相当に回復の可能性を持てる状態へと導くステップだといえます。また、脊髄不全損傷に関しても、リハビリテーションのみでの機能改善には限界がありますが、再生医療の実施によってその頭打ちを打破し、従前の想定よりも高いレベルの機能改善が実現できる可能性があると言えます。但し、現時点では、再生医療がどの程度の機能改善をもたらすのかは明確ではありません。私たちの研究は、この課題に応えるべく実施しているものであり、従来は回復に一定の限界があるとされた脊髄損傷が、再生医療とリハビリテーションの併用によってどの程度の機能改善が可能になるのかを医学・科学のものさしを使って客観的に捉えよう、という試みです。

再生医療リハビリテーションの臨床研究
  2016年に再生リハビリテーション室が開設されて以降、私たちは大阪大学医学部付属病院が実施する自家嗅粘膜移植、札幌医科大学が実施する骨髄間葉系幹細胞投与を施された慢性期脊髄損傷症例を受入れ、術前術後/投与前後のリハビリテーション効果検証についての臨床研究を行ってきました。以下に、2つの再生治療の概要や現状と、私たちの臨床研究の狙いや現時点での成果を紹介します。

@ 脊髄への自家嗅粘膜細胞移植
 再生リハビリテーション室の開設と同時に臨床研究を開始した脊髄への自家嗅粘膜細胞移植は、嗅粘膜を採取して脊髄損傷部位に直接移植する方法で、本邦では大阪大学医学部付属病院が先進医療Bの認可を受けて実施している再生治療の一手法です。遡ること14年前、ポルトガルのDr.Limaの研究グループが最初の臨床報告を行って以降、多くの実施報告がありますが、運動・感覚機能の改善に効果あり/なしとする報告が混在しています。また、効果検証が臨床指標にとどまっていることもあり、ヒトを対象とした治療効果についてのエビデンスが乏しい状態です。
 我々の臨床研究の目的は、嗅粘膜細胞移植後1年間のリハビリテーションを実施することで、慢性期脊髄損傷者の身体機能にどの程度の改善が生じるのかを客観的に捉えるとともに、改善の背景にある神経メカニズムを検証することです。これまでに3症例の検証を終え、3症例ともに麻痺部位の境界領域の機能改善を認め、より遠位の髄節まで機能が拡張する結果が得られています。図1に示すように、感覚機能の改善、麻痺領域にあった中殿筋(臀部側面の筋肉)の機能改善などが3症例ともに確認されるとともに、複数症例に排便所要時間の短縮などを認めました。これまでの報告との違いは、身体機能の改善を裏付ける客観的なデータを得ている点で、3名に共通して移植前には反応を認めなかった臀部の筋肉に明確な神経活動が記録されたことにあります。こうした変化は、微々たる変化のように捉えられがちですが、慢性期脊髄損傷者にとって現有の残存機能が1つでも遠位の髄節機能に展開したとすれば、ADL、QOLの向上に直結する大きな変化をもたらします。現状の対象者は胸髄損傷者ですが、頸髄損傷者の場合には境界領域の機能改善がもつ意味合いは非常に大きく、これまでの成果を足掛かりに、対象を頸髄損傷者に拡張する見込みです。

A 骨髄間葉系幹細胞投与
 札幌医科大学病院が実施している骨髄間葉系幹細胞移植は、骨髄より採取した幹細胞を培養して静脈経由で投与(静注)する方法で、嗅粘膜移植とは異なり、脊髄への直接の手術を必要としません。亜急性期症例に対しては「ステミラック注」の名称にて薬価収載となっている方法ですが、治験実施症例数が少ないこと、亜急性期での効果検証であるために細胞投与の効果と自然回復の効果を区分することができないなど、エビデンスが充分ではないとの指摘があります。
 私たちは昨年度より、慢性期脊髄損傷者に対する骨髄間葉系幹細胞投与とその後のリハビリテーションの併用効果を検証する臨床研究を開始しました。私たちの立場は、再生医療とリハビリテーションの効果検証を行うためのモデルとして自然回復の影響を最小化 し得る慢性期脊髄損傷の症例をあてがい、機能改善の程度とそのメカニズムを精緻検討する狙いがあります。現状では胸髄損傷、頸髄損傷に1例ずつのリハビリテーション実施を終えたところですが、運動・感覚機能の改善を示唆する良好な結果を得ています。

今後の展望
 再生医療への期待は大きく、一般の認識はおそらく『動かなかった手足が元の通りに動くようになる』というようなイメージだと思います。長期的にはこうした期待に応えるべくさらに再生医療、リハビリテーション双方の技術革新を目指していくのが医科学領域の目標になりますが、そこまでの劇的な成果は現時点ではまだ期待できないというのが正しい現状認識かと思います。一方、我々が得ている慢性期脊髄完全損傷者における複数髄節の機能拡張という成果は、当事者にとって福音となる大きな成果と言えます。我々自身、臨床研究を進める中で、損傷領域、麻痺機能にどのようなタイミングで、どのような変化が現れるのかについての新しい発見を得ているところです。今後は、関連学会や論文発表等での成果発信に努め、医療関係者、当事者双方に正確な情報を提供していけるようさらに臨床研究を進めていく予定です。
 再生治療、と一言にいっても、脊髄に直接細胞移植を行うのか、点滴による投与なのか、どのような神経再生や修復の機序が想定されるのか、また、受傷後まもない亜急性期に効果を想定するのか、あるいは慢性期でも効果が想定されるのか等、手技手法によって様々です。今後、より大きな機能改善をもたらし得る再生技術が開発されれば、ナショナルセンターとしての立場で客観的に種々の方法の利点と限界点を評価し、最終的には、完全/不全、頸髄/胸髄損傷など、各々の脊髄損傷の状態に応じて、複数の選択肢の中からどのような再生治療を受けられる可能性がるのかを提示できるような体制づくりを目指していく考えです。

図1 自家嗅粘膜細胞移植実施症例の身体機能改善を示す一例