T総論



1.今、なぜ支援機器か?

障害者に対する施策は、ノーマライゼーションの理念の浸透や障害者基本法の改正、障害者自立支援法の施行等を受け、かつての弱者を保護するという観点から、自立した生活を支援するという観点へと大きく転換した。

こうした中で、障害者が自らの人生を豊かに暮らすために、様々な支援の方策があるが、支援機器の活用により、他の人の手を借りずに生活できることは、障害者の基本的人権や尊厳を保障する上でも重要なことである。

ITをはじめとする技術が急速に発展している現在、これらを活用し、障害者の自立した生活を支援する支援機器の可能性を最大限に引き出すための方策が求められている。

 

(1)高度化、多様化する支援機器

支援機器は、従来より「補装具」として身体障害者福祉法によって給付の対象とされてきた。現在も障害者自立支援法に引き継がれているが、その基本的な仕組みは必ずしも時代に応じた見直しが行われてこなかった。

高齢者の支援機器については、日常生活用具として給付等されてきた経緯があるが、介護保険法により福祉用具として貸与等の対象とされ、普及が図られてきた。

一方、障害者の支援機器については、義手義足等を中心とした制度の枠組みのままであり、また、コミュニケーション支援については十分な取り組みがなされてきたとは言い難い。技術革新やIT化の進展により、多様化、高度化している今日の支援機器を効果的、効率的に研究開発し、国民に提供するための対応が必要である。

障害者の自立した生活を支援するため、支援機器の可能性を最大限に引き出すための制度的な対応が求められている。

 

(2)自立支援の理念の普及

我が国の障害者施策は、障害者を社会的な弱者と位置づけ保護するという観点が強かったが、昭和56年の「国際障害者年」を契機に、障害の有無にかかわらず普通に暮らすことが当たり前であるとする、いわゆる「ノーマライゼーション」の理念が浸透されてきた。その後、平成5年に「障害者基本法(第10条、10条の2、19条に福祉用具に係る規定あり)」の制定及び「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律(福祉用具法)」の制定、平成7年の「障害者プラン」の策定(生活の質の向上を図るため、先端技術を活用しつつ、実用的な福祉用具や情報処理機器の開発普及を進めることを規定)、平成12年の「社会福祉基礎構造改革」による措置から契約への移行、平成15年の「支援費制度」を経て、平成16年の「障害者基本法」の改正(第12条に福祉用具に係る規定あり)、平成17年の「障害者自立支援法」の制定へと続き、障害者が自立した日常生活および社会生活を営むことができるよう、障害の有無に関わらず、相互に人格と個性を尊重し、安心して暮らすことのできる地域生活を目指すという理念が確立した。また、2006年12月13日、国連総会において「障害者権利条約」が採択された。この条約は国連の世界人権宣言の精神を障害分野において徹底させ、障害者に対する差別をなくすことを目的としたものであるが、支援機器に関してもいくつかの重要な条項を含んでいる。

 

(3)障害者の意識の変化

障害者自身の意識も変化し、自分自身でできることは可能な限り、自分で行いたいという声も強まってきており、障害者自身の「エンパワーメント」が大きなテーマになっている。しかしながら、現実には障害者が社会活動等に参加するに当たって、様々なバリアがあることも事実である。

障害者自身の自己実現のために、これらのバリアを克服していくための様々な施策が行われているが、支援機器の活用も一つの重要な要素である。

障害者自身が自らの力で出来なかったことを可能とし、自立した生活を支えるための機器の活用は、障害者の基本的人権や尊厳を保障する上でも非常に重要なことであり、今後の障害者施策の中で重要な位置を占めることとなる。

 

(4)社会環境の変化

○技術革新と障害者施策

「『イノベーション25』最終まとめ」(平成19年5月)では、障害のある人等が支障なく活動できるような生活環境の整備等を図るに当たって、社会全体で「イノベーション」に取り組む必要性が指摘されるとともに、「新健康フロンティア戦略」(平成19年4月)では、発達障害児等を支援する体制の構築や障害のある人の活動領域を拡張し、社会参加を容易にするため、先端技術の開発等に取り組むことが盛り込まれるなど、社会全体で技術革新に伴う施策の推進が図られているところである。

 

○IT環境の基盤整備とユニバーサルデザイン化等

近年、インターネットや地上デジタル放送、GPSの活用や道路等へのICタグの設置などによるIT環境の基盤整備が進んでおり、情報端末の小型軽量化及びユニバーサルデザイン化などの技術を効率よく組み合わせることにより、障害者等への情報支援が、飛躍的に進歩する可能性が高まっている。

移動機器の技術の進歩もめざましく、先端技術を駆使すれば、不明瞭音声命令やジェスチャーで操作が出来る電動車いすなど、「出来なかったこと」が「出来ること」になりつつある。

また、超高齢化社会を迎える我が国において、高齢者や障害者に配慮された機器のうち、障害のない人にとっても使いやすいものもあることから、一般家電製品等のユニバーサルデザイン化は産業としても成立するようになってきている。

 

○施設等における省力化

施設等において、介護職員の離職が問題となっている。その主な原因の一端に、介護による腰痛や事務処理業務の複雑化が挙げられている。これらの問題は、リフトなどの機器の有効活用やITを活用した事務処理作業の効率化等により軽減が図られる可能性がある。

 

 

「支援機器」の用語について

障害者等を支援する機器については、従来、「TechnicalAids」が使われてきた。日本語としては「福祉機器」や「福祉用具」と呼ばれている。その後、1990年代後半より、「Assistivetechnology」と呼ぶようになってきたが、「technology」の日本語訳に「機器」がないため、「支援技術」と訳す混乱を生じている。

一方、ICFの概念として、機器類は環境因子と捉えられており、「productsandtechnology(生産品と用具)」と表記されることから、ICFの立場に立った福祉機器を表す英語は「Assistiveproductsandtechnology」となる。

ISO(国際標準化機構)においては、technologyではdeviceとsoftware両方を表せないため、productsを採用し、結局「AssistiveProducts」を使用することとなった。

以上のように、英語表記の変遷があったわけであるが、日本においては、平成5年に成立した「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律」において「福祉用具」という用語が定義付けされ、広く使われている。しかしながら、従来から使われている「福祉機器」や、「AssistiveProducts」を直訳した「支援機器」も使用される場面がある。

本報告書では、従来の「福祉用具」の枠にとどまらず、今後の新たな可能性を拓く意味をこめて、「支援機器」という用語に統一して使用している。


 

障害者権利条約における支援機器関連条項(抜粋)について

第二条 定義

この条約の適用上、

「意思疎通」とは、言語、文字表記、点字、触覚を使った意思疎通、拡大文字、利用可能なマルチメディア並びに筆記、聴覚、平易な言葉及び朗読者による意思疎通の形態、手段及び様式並びに補助的及び代替的な意思疎通の形態、手段及び様式(利用可能な情報通信技術を含む。)をいう。

「言語」とは、音声言語及び手話その他の形態の非音声言語をいう。

「合理的配慮」とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

「ユニバーサルデザイン」とは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲ですべての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう。ユニバーサルデザインは、特定の障害者の集団のための支援装置が必要な場合には、これを排除するものではない。

 

第四条 一般的義務

締約国は、障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。

f.障害者による利用可能性及び使用を促進し、並びに基準及び指針の整備に当たりユニバーサルデザインを促進するため、第二条に定めるすべての人が使用することのできる製品、サービス、設備及び施設であって、障害者に特有のニーズを満たすために可能な限り最低限の調整及び最小限の費用を要するものについての研究及び開発を約束し、又は促進すること。

g.障害者に適した新たな技術(情報通信技術、移動補助具、装置及び支援技術を含む。)であって、妥当な費用であることを優先させたものについての研究及び開発を約束し、又は促進し、並びにその新たな技術の利用可能性及び使用を促進すること。

h.移動補助具、装置及び支援技術(新たな技術を含む。)並びに他の形態の援助、支援サービス及び施設に関する情報であって、障害者にとって利用可能なものを提供すること。

 

第九条 施設及びサービスの利用可能性(アクセシビリティ)

1 締約国は、障害者が自立して生活し、及び生活のあらゆる側面に完全に参加することを可能にすることを目的として、障害者が、他の者と平等に、都市及び農村の双方において、自然環境、輸送機関、情報通信(情報通信技術及び情報通信システムを含む。)並びに公衆に開放され、又は提供される他の施設及びサービスを利用することができることを確保するための適当な措置をとる。この措置は、施設及びサービスの利用可能性における障害及び障壁を特定し、及び撤廃することを含むものとし、特に次の事項について適用する。

a.建物、道路、輸送機関その他の屋内及び屋外の施設(学校、住居、医療施設及び職場を含む。)

b.情報、通信その他のサービス(電子サービス及び緊急事態に係るサービスを含む。)

2 締約国は、また、次のことのための適当な措置をとる。

a.公衆に開放され、又は提供される施設及びサービスの利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること。

b.公衆に開放され、又は提供される施設及びサービスを提供する民間の団体が、障害者にとっての施設及びサービスの利用可能性のあらゆる側面を考慮することを確保すること。

c.障害者が直面している施設及びサービスの利用可能性に係る問題についての研修を関係者に提供すること。

d.公衆に開放された建物その他の施設において、点字の標識及び読みやすく、かつ、理解しやすい形式の標識を提供すること。

e.公衆に開放された建物その他の施設の利用可能性を容易にするための生活支援及び仲介する者(案内者、朗読者及び専門の手話通訳を含む。)を提供すること。

f.障害者による情報の利用を確保するため、障害者に対する他の適当な形態の援助及び支援を促進すること。

g.障害者による新たな情報通信技術及び情報通信システム(インターネットを含む。)の利用を促進すること。

h.情報通信技術及び情報通信システムを最小限の費用で利用可能とするため、早い段階で、利用可能な情報通信技術及び情報通信システムの設計、開発、生産及び分配を促進すること。

 

第二十条 個人的な移動を容易にすること

締約国は、障害者ができる限り自立して移動することを容易にすることを確保するための効果的な措置をとる。この措置には、次のことによるものを含む。

a.障害者が、自ら選択する方法で、自ら選択する時に、かつ、妥当な費用で個人的に移動することを容易にすること。

b.障害者が質の高い移動補助具、装置、支援技術、生活支援及び仲介する者を利用することを容易にすること(これらを妥当な費用で利用可能なものとすることを含む。)。

c.障害者及び障害者と共に行動する専門職員に対し、移動技術に関する研修を提供すること。

d.移動補助具、装置及び支援技術を生産する事業体に対し、障害者の移動のあらゆる側面を考慮するよう奨励すること。

 

第二十一条 表現及び意見の自由並びに情報の利用

締約国は、障害者が、第二条に定めるあらゆる形態の意思疎通であって自ら選択するものにより、表現及び意見の自由(他の者と平等に情報及び考えを求め、受け、及び伝える自由を含む。)についての権利を行使することができることを確保するためのすべての適当な措置をとる。この措置には、次のことによるものを含む。

a.障害者に対し、様々な種類の障害に相応した利用可能な様式及び技術により、適時に、かつ、追加の費用を伴わず、一般公衆向けの情報を提供すること。

b.公的な活動において、手話、点字、補助的及び代替的な意思疎通並びに障害者が自ら選択する他のすべての利用可能な意思疎通の手段、形態及び様式を用いることを受け入れ、及び容易にすること。

c.一般公衆に対してサービス(インターネットによるものを含む。)を提供する民間の団体が情報及びサービスを障害者にとって利用可能又は使用可能な様式で提供するよう要請すること。

d.マスメディア(インターネットを通じて情報を提供する者を含む。)がそのサービスを障害者にとって利用可能なものとするよう奨励すること。

e.手話の使用を認め、及び促進すること。

 

第二十六条 リハビリテーション

3 締約国は、障害者のために設計された支援装置及び支援技術であって、リハビリテーションに関連するものの利用可能性、知識及び使用を促進する。