第376号(令和7年秋号)特集
「ポジティブ口腔ケア支援の心構え」
病院第二診療部歯科医長 熊澤海道
歯磨きをはじめとする口腔ケアが難しい方への支援は、支援者側にとってその困難さゆえに時として「ネガティブ」に捉えてしまうことも少なくないのではないでしょうか?今回は、歯磨き等の口腔ケアに対して少しでも「ポジティブ」な気持ちになってもらえるような「心構え」みたいなものをお話しさせていただきます。
さて、「歯医者」と聞くと皆様はどんなイメージを思い浮かべますでしょうか。十中八九、好きな方はいないのではないかと思います。それでは知的・発達障害のある児童や成人の方たちにとってはどうでしょう?個人個人の特徴(感覚の過敏等)によっては日々の歯磨きや歯科受診が難しいという場合も多々あると思います。特に「強度行動障害」という「状態」の方にとってはより「困難」になってしまうのではないでしょうか。
ではもし、知的・発達障害等で口腔ケアが難しい方が「虫歯」になり「治療」が必要になってしまったら…ある日突然、顔が腫れたりご飯を食べられなくなり、急遽、歯医者に行かねばならないという状況もあるかと思います。このような場合、緊急事態であることが多いため、やむをえず抑えて治療をすることがあります。抑えて治療をすれば虫歯の痛みをとることはできるかもしれません。が、歯科(というか病院?なんなら医療全般?)に対する恐怖心が芽生え、今後、医療を受けることがより難しくなるという負のスパイラルに陥る場面に私は多く直面してきました。
そんな時、私は「歯科」という立場から、「歯磨き」や「歯科健診」、「歯科治療」のひとつ前の段階が大事なのではないか?と考えました。
この考え方は歯科に限ったことではないと思うのですが、初めて経験することあるいはすでに嫌な経験があることを克服するときは、その事柄に対する「導入」が重要で、それを行うには「合理的配慮」が超大事だと考えています。
この「導入」とは「その人に合った方法をみつける」ことだと思っています。そしてそのためには、「その人を知り、関係性を構築する」ことが重要だと考えています。この「人を知る」ためには、「先入観を可能な限り排除してその人と関わる」ことが大事だと思います。たとえば、自閉スペクトラム症(以後ASD)の方がいたとします。最初に「ASDの○○さん」と考えるか「○○さんはASD」と感じるかで「その人の知り方」が大きく変わってくると私は考えています。多くの書籍や研修会で「ASDの特性」を学ぶ機会は多くありますが、そこだけに注視してしまい「ASDはこうだ!」と先入観から視野を狭めてしまうとその人の「本質」に気付きにくくなってしまうかなと考えています。そこで「ASDの○○さん」ではなく「○○さんはASD」と捉え「○○さんはこういう人なんだ、確かにASDの特性もありそうだけど全部は当てはまらないよね」と考えられたら「ASD」にばかり注目することなく「○○さん」をより深く知ろうと思えるのではないかと考えます。そんな風にその人と関わり、アセスメントを行っていくと適した方法は人それぞれ違うのだと気づかされます。そうして、その人に合ったオーダーメイドな方法を考えることが「合理的配慮」に繋がっていくのではないかと考えています。
以上のように「歯磨き」という行為だけを切り取ってみてしまうとすごく困難なことに思えてきてしまいますが、「人」を見て、その方を知ろうと考え、こんな方法なら受け入れてくれるのではないか?と考えているうちに、あら不思議「ネガティブ」が「ポジティブ」に変わっちゃうじゃありませんか。
こんな風にみんなで協力しながら一緒に支援をしていきたいと思う今日この頃です。
○ご参考(さらに詳しくお知りになりたい方は、筆者による説明動画もご参照ください。)
・生活習慣病予防セミナー歯科編①「知的・発達障害のある方の口腔衛生管理と合理的配慮【基礎編】」
https://youtu.be/e_KvRyGQ2l8
・【2025.11改訂版】生活習慣病予防セミナー歯科編①「知的・発達障害のある方の口腔衛生管理と合理的配慮【実践編】」
https://youtu.be/AzhNxoq4EeM
・【2025.11改訂版】生活習慣病予防セミナー歯科編②「知的・発達障害のある方への口腔ケア ~導入と合理的配慮~」
https://youtu.be/vtat4icWrwQ


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