〔研究所情報〕
公開セミナー「認知症のある人の自立を支援する福祉機器」開催報告
研究所福祉機器開発部 石渡利奈・武澤友広



 平成19年9月27日(木),研究所にて,公開セミナー「認知症のある人の自立を支援する福祉機器」を開催しました。国リハ研究所が,これまで研究がほとんど行われてこなかった認知症者を対象とした福祉機器の研究開発に着手してから,今年で3年目になります。今年は,昨年につづいて第2回目となる「認知症のある人の福祉機器シンポジウム」を12月8日(土)に開催するほか,その前日の12月7日(金)には,認知症者の生活支援に役立つ可能性がある国内外の機器を展示する「認知症のある人の福祉機器展示館」を国リハ敷地内に開設する予定です。このように国リハ研究所は,機器の研究開発に先駆的に取り組む一方,認知症者の福祉機器に関する情報の発信拠点としての役割を担うことで,国内における福祉機器の普及および開発研究を活性化していきたいと考えています。研究所だけでなく,国リハ全体で認知症者の支援に取り組んでいけたらという希望を込めまして,今回のセミナーでは,センターの職員を対象に,認知症者の自立を支援する福祉機器について紹介しました。

 最初に,石渡が「研究所における認知症のある人の福祉機器研究の取り組み」と題して,国内および海外における認知症研究と生活支援の現状を踏まえた上で,福祉機器による生活支援の課題と機器による自立支援のあり方についてお話しました。次に,武澤が「自立を支援する福祉機器の紹介」と題して,主に海外で開発されている自立を支援する福祉機器の使用例を紹介しました。以下に,セミナーの講演内容を要約してお伝えします。


福祉機器による認知症者の新たな生活支援の可能性

 認知症高齢者の数は2015年には260万人にも達すると見込まれており,緊急に対策が必要です。これまでの国内における認知症者の生活支援は,家族やケアワーカーによる介護という人的な支援が中心でした。そして,福祉機器等による物的な支援は,徘徊感知器など介護者を支援する機器に限られていました。

 そこで見落とされてきたのが,「認知症当事者が自立を実現するために福祉機器を利用する」という視点です。特に症状が軽度の認知症者の中には,「自分にはできることがまだあるのだから,人的支援を受けつつも,可能な限りのことは自分でしたい」という望みをもっている方がいます。しかし,そのような方でも,これまで多くの活動の自立や参加の機会が制約されてきました。その理由は,活動上の一部が認知機能の障害によって遂行することが難しいために,活動全体が妨げられていたり,不測の事態が生じた際の安全が確保されていなかったりするためです。

 それでは,認知症者が自立を実現するために福祉機器にできることはあるのでしょうか。脳血管疾患による認知症では脳の障害が限局的であるケースが見られることや,記憶障害が顕著なアルツハイマー病でも手続き記憶は比較的保たれやすいことなど,障害は必ずしも全ての機能に及ぶわけではありません。そのため,認知症においても,感覚器障害や身体障害のように,障害のある機能を適切に補うことで,残存機能を活かして自立を支援できると考えます。そして,このような機能を補う手段を充実させることが,可能な活動・参加の範囲を拡げることにつながります。これまでは,人的支援がそのためのほぼ唯一の手段となっていたわけですが,私達は,今後,より多くの人の自立を実現する機会を提供していく上で,福祉機器が大きな役割を果たすと考えています。


認知症者の自立を支援する福祉機器の紹介

 海外,特に欧米諸国では,日本よりも先んじて認知症者の自立を支援する福祉機器の開発が行われてきました。海外で生まれた「できること」を活かす福祉機器の一つに,「コンロセンサー」があります。鍋に火をかけたことを忘れ,焦がしてしまう,といった失敗が度重なることにより,調理が好きな認知症のある方が調理を続けることを家族から止められたり,自ら継続を断念してしまうケースがあります。このようなケースでは,火を消さなければならないことをタイミングよく思い出せない点に障害があることが考えられます。したがって,「消すことの思い出し」を支援することで,火の消し忘れを防止し,調理という「できること」の継続を実現できる可能性が高まります。「コンロセンサー」は,この支援を行う機器であり,コンロの温度が上がり過ぎると,使用者に音声で消火を促して,思い出すきっかけを与えます。また,促しにも関わらず火が消されない場合は,自動的に消火を行うフェールセーフ機能が働くことで,鍋の焦げつきや火災を防ぎます。この機器があれば,認知症があっても好きな調理を安心して続けることができます。実際に,火災への懸念から1人暮らしを続けることに不安があった認知症者が,コンロセンサーを導入することで安心して発症前の生活を継続できた事例が報告されています(詳しくは,AT dementiaのホームページhttp://www.atdementia.org.uk/をご覧ください)。

 一方,国リハ研究所では,認知症当事者の方に機器開発の時点から参加していただき,当事者の方が求める機器の開発に取り組んでいます。現在のところ,日課の遂行を支援する情報呈示機器と成功体験を振り返ることで,自分のできることの確認を支援する日記作成支援機器の開発を進めています。また,認知症者の福祉機器開発には,当事者の複雑な心身・生活特性を理解・把握し,機器開発に結びつけるのが困難という課題があります。このため,認知症者の特性と既存の機器の対応関係を視覚化した「認知症者の生活支援機器開発マップ」を作成し,公開に向けて準備を進めています。


興味を持ってくださった方

 冒頭でもご紹介しましたが,12月7日(金)にセンター内に「認知症のある人の福祉機器展示館」がオープンする予定です。薬の飲み忘れを防ぐ「アラーム付き薬いれ」,探し物の場所を知らせる「探し物発見器」,心を癒す「心理セラピー人形」など,約40点の機器を展示します。機器を見て,触って,体感する場としてご利用いただければ幸いです。また,12月8日(土)開催の「第2回 認知症のある人の福祉機器シンポジウム」では,行政職,作業療法士,当事者,ソーシャルワーカー,家族,研究者という多彩な立場のシンポジストを迎え,「自立と家族を支えるためにできること」について考えたいと思います(詳しくは,http://www.rehab.go.jp/ri/event/dementia2.htmlをご覧ください)。ぜひ,お気軽にいらしてください。お待ちしております。