3.開発から普及まで

障害者のための支援機器の研究や開発は十分に利用者の声を反映しているのだろうか。ハイリスク・ローリターンと言われる支援機器の開発であるが、企業や研究者等の開発インセンティブをどう高めていくのか、また、開発された機器が適時適切に使用されているのか、適切に使用するための指導・助言・適合調整等がなされているのか、利用者への適切な情報提供とともに、ニーズを汲み上げ研究開発側へ提供できるシステムは十分かなどの課題が挙げられる。詳細は各論に譲るが、ここでは開発から普及まで、どのような課題があるのかを整理しておきたい。

 

(1)支援機器開発の流れ

以下の記述は、佐賀大学医学部松尾清美研究室(リハビリテーション工学分野)2006年報告書「身体障害者と高齢者の社会生活行動支援のための生活環境系の設計研究」より抜粋(P38−39))。

 

5−2.福祉機器開発の流れ

福祉機器を開発するとき最も大切なことは、設計条件の設定であると考えている開発する場合は、類似品の調査・分析を行い、使用対象者の身体機能や日常生活のどのような場面で使用され、どのような能力障害を補うためのものか、また生活や行為をどのように改善できるものか、使用頻度、使い方などを考慮して設計条件を決定することになる。その後の流れを図5に示す。図中の1,2,3,6,7に関しては、医療職(PT、OT、医師、保健師など)あるいは障害者の生活支援に関与している専門職(訪問看護師やヘルパー、相談員など)の方々の協力が必要であり、障害者本人を含めたチームを編成して開発にあたることが大切である。

図5 福祉機器開発の流れ
作ろうとするもののイメージ、ニーズの把握、対象者の身体状況、設計条件の設定、思考・アイディア展開、試作、評価・改良点の抽出、製品化研究、製品の順に進める。適宜繰り返しのループが発生する。
図5. 福祉機器開発の流れ

 



5−3.実用できる福祉機器の開発のために

実用に耐える福祉機器の開発を促進するためには、①既存の福祉機器に関する情報、②過去に発表された福祉機器に関係する研究論文や報告書などの情報、③研究者や開発者の情報などのデータベースをまとめる、毎年更新していくことが大切である。また、身体機能や使用環境に適応した、福祉機器の選び方・使い方に関する手引き書を全ての福祉機器についてまとめることが必要である。
 このようにしてまとめられた各種情報のデータベースや解説書が、医師や介護支援専門員、セラピスト、訪問看護師、ヘルパーなど実際の現場で改善され、新しい使用方法やより安全な方法などの情報となって、フィードバックされ刷新されていくと共に、開発に当たる企業の設計担当者や研究者の設計資料や情報源となれば、福祉機器の開発が効率的になっていくと考えている。また、図6に示すように、開発者と製作者および使用者の連携が開発の効率を上げていくものと考えている。実際の生活に則した福祉機器の選び方や使い方が充実することで、看護学校やリハビリテーション大学、建築、機械、電子などの各種専門学校や大学だけでなく、一般の小学校や中学校、高校などにおける教育現場においても、福祉機器の使い方や考え方が伝えられ、「人間は歳をとること、障害を持つ可能性は誰にでもあること、他人事ではないこと」などが伝わり易くなり、その教育を受けた子供が大人になっていくことで、福祉機器を取り巻く環境や社会環境は効率良くバリアフリーしていくと期待している。図6 福祉機器の開発と普及に関わる企業や制度
福祉機器の開発と普及には開発者・社、使用者、製作者・社が関わる。開発に対する助成はNEDOやテクノエイド協会で行っている。普及に関しては、給付・貸与・補助などの制度が関係する。

 

 

(2)支援機器の開発

支援機器は、一般的にその対象者が限定的である上、障害の状況に個々に調整する必要があるほか、少量多品種となる傾向が強いことから、その開発にあたってはハイリスク・ローリターンと言われている。従って、企業や研究者等の開発インセンティブをどう高めていくのか、研究開発しやすい環境づくりのための方策を検討する必要がある。

支援機器は、一般的にその対象者が限定的である上、障害の状況に個々に調整する必要があるほか、少量多品種となる傾向が強いことから、その開発にあたってはハイリスク・ローリターンと言われている。従って、企業や研究者等の開発インセンティブをどう高めていくのか、研究開発しやすい環境づくりのための方策を検討する必要がある。

・ オーファンプロダクツ(稀少支援機器)研究開発費に係る税制優遇措置の検討

・ 戦略的な研究開発費の助成

※例えば「支援機器開発ロードマップ」や「支援機器技術イニシアティブ」を創り、それに沿った研究には優先的に採択する等の方策

※これまでの研究とダブらないよう研究成果のデータベースが必要

  ・ただし、膨大なデータ量がある上、研究レベルも様々で、実際にこのようなデータベースの構築が可能かどうかは疑問の声もある。例えば開発助成機関ごとのデータの整理と、各機関間のHPでの相互リンク等、可能な部分から整理していくことが必要ではないか。

※IT関連の機器やソフト開発等、一般品としても開発速度が速いものについては、開発が終了したときには陳腐化している可能性もあるため、IT等の専門家による適切な助言が必要

・ 利用者への適切な情報提供

・ 利用者のニーズを汲み上げ研究開発側へ提供できるシステムづくり

※例えば、利用者、企業、有識者等からなる、「支援機器開発協議会(仮称)」を設置し、利用者ニーズを開発者側へ届けるとともに、開発の方向性を検討し、各企業が無駄な開発をしなくても良い効率的な開発プログラムの作成等を定期的に行えるシステムとする。 (壮大な井戸端会議の場を創る。)

また、従来の「新技術創出の時代」から、既存の技術を目的志向的に融合させることにより、企業や研究者を誘導していく「目的志向技術融合の時代」へと誘導することが必要。

新技術創出の時代から目的指向技術融合の時代への図
これまでの開発助成や研究機関の活動は新技術の創出を目指してきた。今後は、ビジネス利用を重視した目的指向の技術融合を目指す必要がある。
第2回勉強会資料(日本電気株式会社マーケッティングマネージャー 北風晴司氏)より

「第2回勉強会資料(日本電気(株)マーケティングマネージャー 北風晴司氏)」より

 

(3)支援機器の供給、適合、適切な利用及び普及

支援機器が利用者へ供給されるに当たっては、その障害の状況に個々に適合させる必要があるものもあることから、現行の補装具制度では、医師の意見書や処方箋に基づき、適切な供給を担保してきた。

一方で、先端的な補装具については制度への採り入れの遅れや、判定機関での判定事務の遅れ等により、効果的で適時適切な利用が妨げられているとの指摘があるため、適切な適合システムの構築や普及を図るための施策等が必要である。

・ リハビリテーション効果を考慮した適切な時期の使用(リハビリテーション計画の中で、適切な時期に適切な機器を使用することで、回復度が高まる。)

・ 支給基準のルール策定

・ 貸与(レンタル)方式の導入の検討

・ 相談、支援、指導等を責任もって行う機関のあり方

・ 医療保険、介護保険との関係整理

・ 利用者への情報提供の在り方(機器を体験できる常設展示場の設置等が有効)

・ 利用者への支援を行うためのサポーター等の人材育成

・ 支援機器を障害状況や活動度等に対応したクラスに分け、品目別に重点化して適合システムを導入する等の検討

・ 適合を行う場として、各地のリハビリテーションセンター等を抽出し、更生相談所と連携をして適切な適合システムを構築すること等について検討

 

「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律」における対応について

平成5年に制定された「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律」(福祉用具法)及び、「福祉用具の研究開発及び普及を促進するための措置に関する基本的な方針」において、福祉用具の研究開発及び普及の促進を図るための方策を示し、国、地方公共団体、研究機関、関係団体、企業等は一定の役割を果たしてきた。

福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律(平成五年法律第三十八号)
  第一章  総則 (「福祉用具」の定義:第2条 この法律において「福祉用具」とは、心身の機能が低下し日常生活を営むのに支障のある老人(以下単に「老人」という。)又は心身障害者の日常生活上の便宜を図るための用具及びこれらの者の機能訓練のための用具並びに補装具をいう。)
  第二章 基本方針等(基本方針を定めなければならない)
  第三章 (厚生労働大臣が指定し、福祉用具に関する開発助成や情報収集提供、評価等の業務を行う)
  第四章 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の業務(福祉用具に関する産業技術の研究開発を促進)
  第五章 地方公共団体の講ずる措置等(市町村は福祉用具を適切に利用できるよう、福祉用具に関する情報の提供、相談その他必要な措置を講ずるように努めなければならない)
福祉用具の研究開発及び普及を促進するための措置に関する基本的な方針 (一部抜粋)
   自立と社会参加の基盤ともなる福祉用具の普及や住環境の整備、暮らしやすいまちづくりの推進等老人や心身障害者を取り巻く環境整備の重要性が改めて認識されている。とりわけ福祉用具の利用は、老人や心身障害者の自立を支援するとともに、介護者の負担を軽減する上で極めて重要であり、利用者の心身の特性やその置かれた環境等を踏まえた、適切な福祉用具の提供が強く望まれる。
  ○福祉用具の研究開発体制の整備目標
 
供給者、利用者、研究機関(国立障害者リハビリテーションセンター、産業技術総合研究所)、民間企業等が相互に連携できるシステムを構築できるよう、厚生労働省、経済産業省、指定法人(テクノエイド協会)及び新エネルギー・産業技術総合開発機構が密接な連携を取りながら総合的な取組を進めることが重要。
  ○福祉用具の研究開発の促進
   (1)民間事業者が行う研究開発の支援
   (2)国等の行う研究開発の促進
  ○ 福祉用具の普及の促進
   (1)展示・相談機会の確保
   (2)情報収集提供システムの構築
   (3)評価と標準化等
   (4)提供システムの改善
 
医療保険制度における福祉用具に関する経費の一部助成は、利用者の選択を可能にしつつ福祉用具の普及を図る上で有効な方法であり、実施主体の拡大等を検討する。
   (5)社会福祉施設等への福祉用具の導入
   (6)社会環境の整備

 


 

最先端技術の例

障害者の支援機器開発において、重要な要素となる技術シーズの動向をご紹介する。

1.ロボット技術

(技術シーズの例)

  • 2本足で歩く技術
  • 人に合わせてスムーズに動く技術
  • 人を識別したり、障害物検知して避ける技術
  • 複数の方向から、複数の人に言われても音声で区別して聞く技術
  • 人の力をアシストするパワースーツ
  • わずかな力で操作可能なロボットアーム(右図)
  • 視覚の代わりとなって歩行誘導するロボット(下図)
  • リハビリテーション支援機器としてロボット技術の活用
ARM(Assistive Robotic Manipulator 以前MANUSと呼称)の写真
電動車いすにロボットアームが取り付けられており、各種上肢作業を実現する。

Assistive Robotic Manipulator, Exact Dynamics 社
出展 http://www.robotics.lu.se/publications/1999/larsson99a/PDF/art.pdf

視覚障害者支援歩行ガイドロボット(山梨大学)の写真
車輪付きの移動ロボットが障害物を回避しながら視覚障害者を誘導する。
写真提供:山梨大学名誉教授 森英雄氏
第8回勉強会資料(産業技術総合研究所 小野栄一氏)より

視覚障害者支援歩行ガイドロボット  写真提供:山梨大学名誉教授 森英雄氏


「第8回勉強会資料(産業技術総合研究所 小野栄一氏)」より

(現状)

・例えばロボットがドアを開けるのは、難しい

人間が無意識にやっている動作は、意外とロボットには難しい。 しかし、ロボットや機器の特徴を活かし、適切な使い方をすれば、とても有意義で、通常人が困難なことも容易に実現できる。

2.ブレイン-マシン・インターフェース(BMI)技術

(技術シーズの例)

・脳と機械をつなぐ技術

 念じるだけで機器を操作する

・手術を必要としない「非侵襲型」の方法で、脳から計測された信号を処理

ブレイン−マシン・インターフェースの概念図
脳からの信号を検出し、それを符号化することにより、義手や電動車いす、コンピュータなどを操作することができる。
第8回勉強会資料(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所 神作憲司氏)より

「第8回勉強会資料(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 神作憲司氏)」より

様々な先端的な技術シーズを活用し、本当に実用的な支援機器に作り上げていくためには、技術シーズを持つ開発者に対して、的確なニーズを伝えていくことが必要であり、そのためには、ユーザーの意見はもとより、中間ユーザーと呼ばれるPT、OT、PO等の関連専門職種の意見が重要である。開発研究者、企業、中間ユーザー、ユーザー等の連携を促進するシステムが求められている。