1.吃音について

1-1.症状
1-2.分類と原因
1-3.発症と進展
1-4.心理

2.研究の紹介

2-1.吃音の疫学研究
2-2.吃音の評価に関する研究

1-1.症状                        女の子.png

 吃音(きつおん、どもり)は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつです。単に「滑らかに話せない(非流暢:ひりゅうちょう)」と言ってもいろいろな症状があり,吃音に特徴的な非流暢は、以下の3つです。

  • 音のくりかえし(連発)、例:「か、か、からす」
  • 引き伸ばし(伸発)、例:「かーーらす」
  • ことばを出せずに間があいてしまう(難発、ブロック)、例:「・・・・からす」

上記のような話し方が、発話の流暢さ(滑らかさ・リズミカルな流れ)を著しく乱すほど頻繁にみられる場合に、吃音と定義されています ( ICD-10, WHO)。

1-2.分類と原因,罹患率,有病率             女の赤ちゃん.png 

 吃音は

  1. 発達性吃音
  2. 獲得性吃音
    に分類されます

 吃音の9割は発達性吃音です。発達性吃音の特徴として、以下のようなことが知られています。

  • 幼児が単語をつなげて話す(2語文以上の)時期に起きやすい
  • 幼児期(2~4歳)に発症する場合がほとんど(小学校以降に発症することもあります)
  • 発症率(吃音になる確率)は、幼児期で8%前後
  • 発症率に国や言語による差はほとんどない
  • 有病率(ある時点で吃音のある人の割合)は、全人口において0.8%前後
  • 男性に多く、その比は2~4:1程度である(年齢や調査により結果は変動します)
  • 以下のような要因がお互いに影響し合って発症する

体質的要因(子ども自身が生来的にもつ吃音になりやすい体質)
発達的要因(運動・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響)
環境要因(周囲の人との関係や生活上の出来事)

 

*これらの要因のうち、体質的要因の占める割合が大きい(7~8割程度)と報告されています

 一方、獲得性吃音には、
1 神経学的疾患や脳損傷などにより発症する獲得性神経原性吃音
2 心的なストレスや外傷体験に続いて生じる獲得性心因性吃音
があります。どちらも発症時期は主に青年以降(10代後半~)です。
 以下では、吃音とは発達性吃音のこととして話を進めます。

1-3. 発症と進展               男の子.png

  1. 吃音の多くは軽い繰り返し(例:あ、あ、あのね)から始まります。
  2. うまく話せる時期もあるのが特徴です(「波がある」と表現することがあります)。
  3. 7~8割くらいが自然に治ると言われています。
  4. 残りの2~3割は徐々に症状が固定化して、楽に話せる時期が減ってきます。
  5. さらに症状が進むと、話そうとしても最初のことばが出なくなること(難発)が多くなります。

 吃音が出た時に、笑われたり、「ゆっくり話してごらん」とアドバイスされたり、自分でも「うまく言えない」と感じたりすると、「話す(話して吃音が出る)」という行為と、笑われたり注意されたりした時の不快感が結びついて、話すことや吃音が出ることそのものに嫌悪感や不安を感じるようになります(古典的条件づけ)。

 何か工夫をしたこと(例:身体を動かして勢いをつける、ことばの最初に「あのー」をつける)で、たまたまことばが出たという経験すると、出にくいときは常にその方法を使うようになることがあります(道具的条件づけ)。

 このように、長年吃音を経験し続けると、単に「ことばを繰り返す、ことばが出ない」という発話の症状以外の特徴(二次的行動)が見られるようになります。

※現在、幼児の吃音の予後に関する研究にご協力いただける方を募集しています。
 ご興味のある方は、こちらの実験・調査参加者募集をクリックしてください。

1-4.心理                         困ったお母さん.png

 軽く繰り返すくらいであれば、子どもは全く自分の症状に気づかないことが多いです。しかし、頻繁に繰り返したり、ことばが出ないことを経験すると、そのこと自体にびっくりしたり、うまく話せないことを不満に感じたりします。それでも、幼い頃は、その感情もその場限りの一時的なものです。成長とともに吃音が固定化し、うまく話せないことが増えてくると、周囲の人から指摘・注目される場面も多くなり、子どもは自分のことばの出づらさをはっきりと意識するようになります。その結果、話す前に不安を感じたり、吃音が出ることを恥ずかしく思ったりします。また、話す場面に恐怖を感じるようにもなります。このような心理は話しにくさを増大させ、そのことがさらに不安・恐怖を強くするという悪循環を生じさせます。この悪循環を断ち切ることが、吃音の支援において重要な側面の一つとなります。

 

参考文献

  1. Bloodstein O. and Bernstein N. R. A Handbook on Stuttering sixth edition. USA. Delmar, Cengage Learning. 2008.
  2. バリー・ギター著, 長澤泰子監訳. 吃音の基礎と臨床. 学苑社. 2007.
  3. Ooki S. Genetic and environmental influences on stuttering and tics in Japanese twin children. Twin Research and Human Genetics. 8(1), pp. 69-75. 2005
  4. Sakai, N., Miyamoto, S., Hara, Y., Kikuchi, Y., Kobayashi, H., Takeyama, T., Udaka, J., Sudo D., and Mori, K. Multiple-community-based epidemiological study of stutteirng among 3-year-old children in Japan. Folia Phoniatrica et Logopaedica. https://doi.org/10.1159/000539172
  5. Yairi, E. and Ambrose, N. Epidemiology of stuttering: 21st century advances. Journal of Fluency Disorders. 38, pp.66-87. 2013.

 

2. 吃音の研究                      sakai_02.png

2-1.吃音の疫学研究

 

ある病気や健康状態に関して、いつ、どのくらいの割合で生じるのか、発症にはどのような要因が関係しているのか、治るのか、治るとしたらいつ、どのような人が治るのか、などについて調べる研究を「疫学研究」と言います。吃音については、主に海外において長年調査が重ねられてきましたが、吃音は年齢によって生じやすさが異なる、症状に波がある(時期・場面によっては症状が見られないことがある)などの特徴があるため、どの年代の人をどのような方法で調べるかによって、結果が異なることが問題でした。過去に日本で行われた調査はごく少なく、そしてこれらの調査も対象者の年齢や方法が異なっており、一貫した結果が得られておりません。

そこで2016年から、国立障害者リハビリテーションセンターを初めとする複数の研究施設が合同で、日本における確かなデータを得ようと調査を開始しました。3歳児およそ2,000名を対象に、保護者と専門家で丁寧に評価を行ったところ、3歳児の吃音の有症率(調査時点で吃音の症状がある子どもの割合)は6.5%、3歳までの吃音の累積発症率(調査時点までに吃音の症状が出たことがある子どもの割合(調査時に吃音のある子どもも含む))は8.9%となりました。この結果は、過去の日本の研究と比べるとかなり高い値となりましたが、近年の海外の研究とは近い結果であり、日本の幼児の吃音が世界に比べて少ないということはないことが明確になりました。

詳細についてはこちらをご覧ください↓
https://doi.org/10.1159/000539172

2-​​​​​2.吃音の評価に関する研究

吃音は話し言葉が滑らかに出ない(=非流暢な)発話障害の一つですが、話し方だけが問題ではありません。流暢に話せないことを指摘されたり、笑われたりすることで落ち込んだり情けなく思ったり、話そうとすると緊張したり不安に思ったりするなど、気持ちの面にも大きな影響があります。また「言葉がつっかえるとバカにされる」「うまく話せないと変な人だと思われる」など、吃音との関連から自分をマイナスに捉える考え方が強くなっていくこともあります。そしてそのような考え方は、学校や職場での行動を制限する(例:うまく話せないので答えが分かっていても発表しない)など社会参加にまで影響が及びます。そのため、吃音のある人を支援するためには、吃音による困り具合を、話し方だけでなく、感情や行動、社会参加などの側面も含め広く把握する必要があります。つまり、WHOが提唱しているICF(International Classification of Functioning, Disability and Health;国際生活機能分類)のように、人の健康状態や障害を包括的に捉える考え方(「障害」となるかどうかは、「滑らかに話せない」という本人の状態だけで決まるのではなく、周囲がゆったり聞くなどの環境を整えられるかどうかなど、総合的に決まるものであるという社会モデル)で状態を把握することが必要です。

そこで、吃音による困り具合を様々な側面から評価する質問紙(Overall Assessment of the Speaker's Experience of Stuttering; OASES™)が米国で作成されました。この質問紙には小学生版、中高生版、成人版の3種類があり、それぞれの年代において生じやすい吃音にまつわる様々な困りごとを把握するものです。我々は、これらの質問項目に、日本の生活状況・文化等を反映させながら日本語版を作成し、日本の吃音のある方を対象に実施して日本における吃音の困りごとの特徴を明らかにしました。現在、この質問紙は原作者のDr. Yaruss(ミシガン州立大学)により出版準備が進められています(2024年6月1日現在)。本研究の詳細は以下をご覧ください。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0094730X16300663
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp/56/1/56_1/_article/-char/ja/
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I031709018