研究の戦略

発達障害は、自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder, ASD)、注意欠如・多動症(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder,ADHD)、学習障害(Specific Learning Disorders, LD)などに分けることができます。例えば、ASDの方では、対人コミュニケーションに困難を感じていたり、ADHDの方では、衝動的な行動や不注意が気になったり、そしてLDの方では、文字の読み書きや計算など特定の事柄を苦手と感じているなど、それぞれ特徴的な悩みが生じることがありますが、好きなことに没頭するなど特技を活かすことができることもあります。いずれも、生まれつきみられる脳の働き方の違いによって、行動面や情緒面に多様な特徴が生じたと考えられます。

発達障害の当事者の方からお話を伺うと、コミュニケーション場面での苦労だけではなく、「歩くとき、人にぶつかる」「服のチクチクした感覚が嫌だ」といった、様々な日常生活上の悩み(「生きにくさ」)をお持ちなことが多いです。これらの「生きにくさ」の背景には、それぞれの特性に対応した脳の仕組みがあると考えられます。そこで、私たちは、様々な日常生活上の困難に対応した、脳の仕組みを明らかにして、個人に合わせた支援・訓練手法の実現を目指します。

研究の概要

当事者の方が感じる「生きにくさ」の中で、感覚や運動にまつわるものが少なくないことから、私たちは、感覚や身体といったテーマについて、マウスを用いた遺伝子・神経回路レベルの研究と、障害当事者の方を対象にした研究を行い、「生きにくさ」の原因となっている脳の仕組みを明らかにし、新たな発達支援方法の開発に応用することを目指します。

研究テーマの紹介

身体の捉え方についての研究(道具使用の苦手の背景は?)

発達障害のうち、自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder,  ASD)の方では、球技などのスポーツや道具の扱いを苦手だと感じている方が少なくないようです。一方、スムーズに道具を扱っているときには、道具が体の一部として扱われていると考えられています。例えば、箸でモノを掴むとき、「モノに触れた感じ」はどこで生じるでしょうか。箸の先でしょうか?それとも箸を持っている指の表面でしょうか。もちろん実際に触覚を感じる器官(受容器)があるのは指の表皮下ですが、箸の扱いに慣れている人では、指ではなく、箸の先で触れているように感じることが多いようです。道具を身体の一部として扱って空間の中でスムーズな操作を実現するのは、脳の働きの一つです。ところが、ASDの方の中には、箸の先より指で感じる、といった感想をくださる方がいらっしゃいます。身体と空間・道具の関りが、定型発達者とは異なるのかもしれません。私たちは、個人の特徴に合わせた最適な動作教示方法といった支援に役立てるため、その原因の解明に取り組んでいます。

これまでにASD児で、外部の空間より自己の身体を重視する傾向が示唆されています [1, 2]。結果として、自己身体以外のものを自己の一部と感じることが少ないと考えられており、診断を受けたASD者だけでなく[3]、自閉傾向が高い人では、自分の体以外のものを自分の身体の一部と感じてしまう錯覚(ラバーハンド錯覚などの身体所有感の錯覚)が生じにくいことがわかりました[4]。そして「皮膚兎錯覚」というタスクを用いることで、成人のASD者の一部では、触覚が体の外で感じることが少ないことを見つけました[5]。さらに、身体所有感の錯覚に近い現象は、マウスでも生じることを発見し[6](ラバーテイル応答)、その現象はASDモデルマウスの1つでは生じにくいことをつきとめました[7]。以上のことから、触覚が身体と不可分に知覚される傾向が、道具の身体化が生じにくい特性の背景にあり、そのことがスポーツの苦手につながる可能性があるのではないかと考えています。マウスのモデルからは、身体所有感の錯覚に近い現象の障害に、視覚と触覚情報の統合などに関わる後部頭頂皮質と呼ばれる脳の領域が関わっている可能性がわかってきましたので[8]、さらに調査を進めているところです。

[1] Haswell CC, Izawa J, Dowell LR, Mostofsky SH, Shadmehr R. Representation of internal models of action in the autistic brain. Nat Neurosci. 2009 Aug;12(8):970-2.
[2] Wada M, Suzuki M, Takaki A, Miyao M, Spence C & Kansaku K. Spatio-temporal processing of tactile stimuli in autistic children. Scientific Reports, 4:5985, 2014.
[3] Paton B, Hohwy J, Enticott PG. The rubber hand illusion reveals proprioceptive and sensorimotor differences in autism spectrum disorders. J Autism Dev Disord. 2012 Sep;42(9):1870-83.
[4] Ide M & Wada M. Salivary oxytocin concentration associates with the subjective feeling of body ownership during the rubber hand illusion. Frontiers in Human Neuroscience, 11:166, doi:10.3389/fnhum.2017.00166, 2017.
[5] Wada M, Ide M, Ikeda H, Sano M, Tanaka A, Suzuki M, Agarie H, Kim S, Tajima S, Nishimaki K, Fukatsu R, Nakajima Y, Miyazaki M. Cutaneous and stick rabbit illusions in individuals with autism spectrum disorder. Scientific Reports. 10, 1665, 2020.
[6] Wada M, Takano K, Ora H, Ide M & Kansaku K. The Rubber Tail Illusion as Evidence of Body Ownership in Mice. Journal of Neuroscience, 36(43):11133-11137, 2016.
[7] Wada M, Ide M, Atsumi T, Sano Y, Shinoda Y, Furuichi T, Kansaku K. Rubber tail illusion is weakened in Ca2+-dependent activator protein for secretion 2 (Caps2)-knockout mice. Scientific Reports. 9, 7552, 2019.
[8] Wada M, Takano K, Ide M, Sano Y, Shinoda Y, Furuichi T, Kansaku K. Task-related c-Fos expression in the posterior parietal cortex during the “rubber tail task” is diminished in Ca2+-dependent activator protein for secretion 2 (Caps2)-knockout mice. Frontiers in Behavioral Neuroscience, in press.

顔表情や視線手がかりについての研究(コミュニケーションの問題の背景は?)

ASDの方では、発達過程でしばしば「目が合わない」と言われることがあります。実際、顔の写真を用いて視線を調べた研究では、定型発達者に比べて、相手の目を見る割合が低いことが知られています[1]。また、注意を向けてほしい対象がある他者の視線の先を理解し意図共有に必要な「共同注意」の特徴が定型発達者と異なるといわれています[2]。さらに、相手の感情を理解するには、顔の表情などからその情報を読み取る必要がありますが、これについても、苦手とする報告が数多くなされています[3]。いずれも、相手との情報共有や感情状態の把握に障害が生じることが社会的コミュニケーションの困難を生んでいると考えられますが、メカニズムを含めてわかっていないことが多いのが現状です。これらの背景には、感覚情報処理の特徴が関係しているのではないかと考え、コミュニケーションギャップを埋めるための支援手法の開発に役立てることを意図した研究を展開しています。

例えば、次々に表示される顔のイラストに視線を向けてもらう課題では、ASD者は、定型発達者に比べて、目の領域への注視が短いものの、イラストの目に視線手がかりが付加された条件では、実験の後半になると定型発達者と同程度に視線手がかりの活用ができるようになることを見出しました[4]。一方、顔の表情から相手の感情を推定してもらう課題において、ASD者の一部では、複数の顔の平均の印象を答えるのが苦手であることがわかりました[5]。このような感情における平均の推定(アンサンブル知覚)の問題が、「場の雰囲気」の推定の困難につながる可能性を考えています。さらに、表情推定の時間・空間的な特徴について、研究を進めているところで、コミュニケーションを促進するための支援手法の開発への応用を目指しています。

[1] Phillips W, Baron-Cohen S, Rutter M: The role of eye contact in goal detection: Evidence from normal infants and children with autism or mental handicap. Dev Psychopathol 1992, 4(3):375-383.
[2] Senju A, Tojo Y, Dairoku H, Hasegawa T: Reflexive orienting in response to eye gaze and an arrow in children with and without autism. J Child Psychol Psychiatry 2004, 45(3):445-458.
[3] Uljarevic M, Hamilton A. Recognition of emotions in autism: A formal meta-analysis. J Autism Dev Disord. 2013;43: 1517–1526. doi:10.1007/s10803-012-1695-5
[4] Fukui T, Chakrabarty M, Sano M, Tanaka A, Suzuki M, Kim S, Agarie H, Fukatsu R, Nishimaki K, Nakajima Y, Wada M. Enhanced use of gaze cue in a face-following task after brief trial experience in individuals with autism spectrum disorder. Scientific Reports, 11, 11240, 2021.
[5] Chakrabarty M, Wada M. Perceptual effects of fast and automatic visual ensemble statistics from faces in individuals with typical development and autism spectrum conditions. Scientific Reports, 10, 2169, 2020.

感覚と運動の問題についての研究

発達障害の方は、社会的コミュニケーションの問題だけでなく、様々な感覚・運動の問題を感じていることが知られています。例えば、サイレンのように突然の大きな音が苦手だったり、洋服のタグがチクチクしてつらいといった話をしばしば聞きますし(感覚過敏)、体調の変化を感じにくい、痛みがわかりにくいといった話(感覚鈍麻)を聞くこともあります。また、ガヤガヤしたところでの聞き取りを苦手と感じたり、球技など体を動かすスポーツを苦手と感じる方も多いようです。これらの問題は、当事者本人のQuality of LifeQoL)に直結するため、原因の解明と対処や軽減のための研究開発は重要なテーマです。私たちは、様々な角度から、アンケートやインタビューを介した調査や実験室実験による検証を行い、感覚・運動の問題の解明に取り組んでいます。