概要

生体工学は、生体系と工学系の間にあって、両分野の橋渡しをする学問分野である。生体工学研究室では、様々な障害者の体の機能や構造を解明し、その成果を応用して障害者のQOL向上や社会参加支援に寄与する技術の開発を行ってきている。これまでは、センサや生体電極に関する技術の開発に積極的に取り組んできたが、今後は新しいテーマとして、障害者の体温調節機能等の生理機能に関する計測技術、支援技術等の研究について重点的に取り組み、温熱環境の側面から障害者の生活を向上させる技術の開発を目指す。

 障害者の中でも特に頚髄損傷者は、全身の発汗機能などの低下のために健常者のような体温調節機能が十分に発揮されない。そのような頚髄損傷者が夏季に車椅子で外出すると地面との距離が近いため、地表温、反射熱の影響を受けやすく1)、熱中症のリスクが高まる。既往の調査2)より、頚髄損傷者の多く(有効回答数338名中254名, 約75%)が体温調節障害のために生活行動範囲が狭まっていると感じていることが報告されている。

 地球温暖化が急速に進行しているため、障害者の体温調節機能の問題に関する研究は緊急性を要する。熱中症対策実行計画(令和5年5月30日 閣議決定)では、中期的な目標(2030年)として、熱中症による死亡者数が、現状(※)から半減することを目指している(※5年移動平均死亡者数を使用、令和4年における5年移動平均は1,295名)。しかし、障害者の場合、この目標達成年よりも早く熱中症による死亡者数が大きく減少する対策を講じなければならない。

 障害者の体温調節に関する研究より期待される効果を以下に示す。

・障害者の暑熱対策を大きく進展することにより、障害者の生活する上でのリスクを低減することができ、さらなる自立の促進につながる。

・国を挙げての熱中症対策の中で、障害者の現状を明確にし、さらに対応策を世の中に向けて発信することで、障害者への国民の関心や、対策の重要性を広く知らしめることができ、共生社会の進展に大きく寄与することができる。

・世界的に見てもほとんど行われていない、頚髄損傷者等の体温調節障害を持つ障害者の温熱環境計画・評価方法に関する研究を拡充することができる。

・体温の上昇に対する対応策に関する研究を実施することで、もう一つの課題である低体温の課題ついても解決策を見いだす糸口を捉えることが可能となる。

・支援機器の業界に対して、障害者の体温調節機能に関する計測技術、支援技術などを波及することができ、新たな領域の開拓につなげることができる。それにより、障害者の持続可能な質の高い生活の実現に貢献することができる。

【参考文献】

1) 西山一成, 他:臨スポーツ医, 2018;35:704-709.

2) 三上功生, 他:日生気誌, 2005;42(2):97-107.

生体工学研究室長 三上功生

 

最近の研究開発課題

過去の主な研究開発