平成20年度 統括研究報告書

訂正と補足(平成21年10月)

背景と目的

近年、様々な公的機関等で障害者の自律移動を支援するプロジェクトが行われてきており、着実に進化し続けているように見受けられるものの、なかなか広汎な実用化には至っていないのが現状である。

<近年実施されたのプロジェクトの例>

  • 自律移動支援プロジェクト[国土交通省]
  • 障害者等ITバリアフリープロジェクト[経済産業省、NEDO]
  • 歩行者等支援情報通信システム(PICS)[警察庁]

など

これらのプロジェクトは視覚障害者の移動支援を目的としているものが多い。しかし視覚障害者以外にも自律移動な困難な障害者は存在する。たとえば、高次脳機能障害者の中には、地誌的障害(地理情報に関する障害)のある方がおり、重度な方では10メートル先のトイレから独りで戻ってくることもできないケースもある。また、知的障害者、発達障害、精神障害者、認知症者などの中にも地理に対する見当識障害のある方がいる。

そこで、本研究においては、以下の2点を目標とする。

  • 実地体験を通じて歩行訓練士のような障害者を支援する専門職の意見を集約し、専門家の観点から最新技術を利用した現行プロジェクトに対して提言を行う。
  • これまで概して支援対象者には含まれていなかった方々(地誌的障害のある認知障害者や知的障害者など)を対象として調査を行い、情報技術や社会情報インフラの有効な利用方法について明らかにする。

これにより、障害者の自律移動を支援するプロジェクトで計画している社会情報インフラ整備への情報提供や、社会情報のインフラ(無線やICタグなど)の仕様に関する情報提供が可能となるとともに、障害当事者団体への情報提供により障害当事者の認知度向上が期待できる。

研究方法

  • 障害者を支援する専門職による実地調査
  • 障害者を支援する専門職に対するアンケート調査
  • 高次脳機能障害のある当事者、ご家族に対するアンケート調査
  • 高次脳機能障害者への移動支援(ケーススタディ)
  • 移動時に利用できるランドマークのタグ位置の基礎調査

結果(抜粋)

高次脳機能障害のある当事者、ご家族に対するアンケート調査

【調査時期】

2008年11月 ~ 2009年3月

【回収率】

44.3% (回収対象:607  回収数:269) [2009年3月7日時点]

【調査項目】
  • 回答者についての基本情報が5項目
  • 携帯電話に関するものが12項目
  • 外出に関するものが12項目
  • 携帯電話、外出のそれぞれについて、困った点、要望(自由記載)

実際のアンケート調査表はこちら

【結果概要】
・回答者について

年齢層は30代以下が約54%とやや若年層が多く、原因疾患は頭部外傷が63%と多かった。

・携帯電話に関するもの

 携帯電話等を利用している高次脳機能障害者は約7割と多く、5年以上の長期間のユーザーが多い。また、受傷(発症)前の利用率が約56%であるのに対し、現在の利用率が71%であることから、受傷(発症)後に利用開始している割合も高いことが伺える。

 使用する携帯電話の機能としては、通話、メール、カメラの利用率が抜きんでて高く、地図アプリやGPSは約5%の利用率にとどまっている。一方で、GPS等を熟知し工夫している方もいる。自由記載の要望では、操作性の複雑さや機能が多すぎて使いこなせていない、そもそもそのような機種、機能があることを知らないことが挙げられており、これらがGPS等の利用率が低いことの原因となっていると考えられる。なお、受傷(発症)前後の使用機能にはほとんど差はないものの、GPS機能の利用者は増えている(2%→5%)。

 アラーム機能は、服薬の時刻を知るために利用している方はさほど多くなく、外出時刻を知るために使用する方の方がはるかに多い。アラーム、スケジュールの両機能は、操作が複雑で利用できないという声も見られている。また、文字の大きさを変えられることを知っている方は6割弱に留まっている一方で、文字が小さいという意見もあり、文字を大きくする設定の存在を知らない人が多いのではないかと考えられ、ここにも多機能すぎて操作が難しいことの影響が伺える。

・外出に関するもの

 外出に関しては、ほとんど毎日外出する方が65%とかなり高い割合である一方で、外出に大きな困難を抱える方も多い(月1回の外出:2%、ほとんど外出しない5%)。主な外出方法は、家族などが運転する自家用車へ乗る方が54%と最も高く、自家用車を運転する方が15%であり、外出の支援が必要な方の割合が高いことがわかる。また、ひとりで外出をする方と家族と外出をする方がほぼ同割合であり、外出の支援が必要な方の割合が高いことを裏付けている。

 主な外出先は病院が62%と他に比べて抜きん出て高い一方、ショッピングや趣味の集まり等、様々な場所が外出先としてあがっている。しかし、外出の頻度が減少した方は65%であり、障害が起因して外出に困難を抱えるようになった方が多いことが示唆される。

 よく道に迷う方が23%、たまに迷う方が33%とあわせて56%であった。障害を受傷(発症)以前と比べて、迷いやすくなった方が58%であり、6割弱くらいの方が道に迷うという自覚があることが伺える。実際、道に迷う方はあらゆるところで迷う可能性があり、困った点をあげた自由記載では、外出どころか屋内でも迷っている方もいた。

 自律移動支援プロジェクトの認知度はかなり低い割合であったが、高次脳機能障害者にとって有効だと思うのが6割を超えるなど期待値が高い。裏を返せば、それだけ移動、特に外出に困難を抱える、あるいは一人で外出ができない方も多い現状を表わしている。

結論

平成20年度に実施した調査により以下のことが明らかとなった。

  • 歩行訓練にあまり情報機器が利用されていない
  • 情報技術を活用した歩行訓練を肯定的に捉えている歩行訓練の専門家も多い
  • 携帯電話を利用している高次脳機能障害者の割合は7割程度である
  • 6割弱くらいの高次脳機能障害者が道に迷う
  • 携帯電話は多機能すぎて操作が難しいと思う方が多い
  • 外出・移動に困難を抱える高次脳機能障害者は多い
  • 重度の認知障害により移動に困難のある場合でも独力での情報技術を活用すれば移動が可能になる場合もある

これらのことから、障害者の自律移動支援においては・・・

機器による支援のみならず、人的資源活用も含めた、社会全体の支援課題として取り組む必要がある

 本調査で取り上げた、自律移動支援プロジェクトや障害者等ITバリアフリープロジェクト以外にも、移動や外出を支援するプロジェクトやシステムは多数試みられている。

 しかし、その多くは、高次脳機能障害者などの認知機能に障害のある人々を積極的な支援対象としていない。
 一方で、本調査で明らかとなったように、高次脳機能障害者の中には外出、移動に困難を抱える方は数多い

これらのことから・・・

移動や外出を支援するプロジェクトやシステムの利用対象者として、高次脳機能障害者を考慮することを希望する

研究発表

発表
  • 中山剛、加藤誠志、岡谷和典、大元郁子、上田典之、野村隆幸、植松浩、長澤芳樹.携帯情報端末(PDA)を利用した高次脳機能障害者の移動支援、第23回リハ工学カンファレンス講演論文集、23、101-102、2008.
  • 中山剛、加藤誠志、上田典之、野村隆幸、岡谷和典、大元郁子、植松浩、長澤芳樹.認知障害者の日常生活・就労支援を目的とした情報技術活用に関する研究、電子情報通信学会、技術報告(福祉情報工学)、108(170)、13-18、2008.
  • 中山剛.高次機能障害者の移動支援における情報技術利用に関する調査研究、第6回生活支援工学系学会連合大会講演予稿集、188、2008.
  • 中山剛、中川良尚、五十嵐浩子、山谷洋子、船山道隆、加藤元一郎、携帯情報端末(PDA)を利用して日常生活の自己管理が改善した記憶障害症例、第32回日本高次脳機能障害学会学術総会、講演抄録集、211、2008.
  • 中山剛.リハビリテーション工学とIT、総合リハビリテーション、38(1)、33-38、2010.